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今現在、某レコード会社の業務委託社員。TOKYO MXでの番組製作を始めとするコンテンツプロデュースを手がける。 現在は放送作家や書く仕事にシフトしようと画策中&絶賛お仕事募集中。 下北沢の書店B&Bで発売中の「決してLIVEでは読みきれない 水道橋博士の半世紀LIFE年表」(約6万6千字)の作成に協力しました! Twitter : @aizawaaa https://twitter.com/aizawaaa

今現在、某レコード会社の業務委託社員。TOKYO MXでの番組製作を始めとするコンテンツプロデュースを手がける。 現在は放送作家や書く仕事にシフトしようと画策中&絶賛お仕事募集中。 下北沢の書店B&Bで発売中の「決してLIVEでは読みきれない 水道橋博士の半世紀LIFE年表」(約6万6千字)の作成に協力しました! Twitter : @aizawaaa https://twitter.com/aizawaaa

1977年生まれ。男性。出版社勤務を経て、2005年にフリーライターとして独立。 三度のメシよりライブを好み、年間100ステージ以上に参戦。 とりわけピアニスト上原ひろみに傾倒し、彼女のライブは年間40~50公演鑑賞。 海外公演にも足を運び、2011年から2016年まで6年連続でニューヨークにも遠征。   長所=凝り性。短所=凝り性。 メールアドレスは sanofile110@gmail.com   猪瀬直樹氏(前・東京都知事)の指摘をきっかけに、ノンフィクション作家・ 佐野眞一氏の盗用・剽窃問題を調査開始。 2012年10月から12月にかけ、ネットメディア「ガジェット通信」に 短期集中連載「佐野眞一氏の『パクリ疑惑』に迫る」を寄稿。 http://bit.ly/Ty0TNG   2013年4月22日、ノンフィクション作家・溝口敦氏との編著 『ノンフィクションの「巨人」佐野眞一が殺したジャーナリズム  大手出版社が沈黙しつづける盗用・剽窃(ひょうせつ)問題の真相』(宝島社)が発売。 http://amzn.to/15rHSUp   本件に限らず、出版界のディープなスキャンダルに強い関心をもつ。

1982年生まれのライター&「monokaki」編集部スタッフ。 東放学園専門学校デジタル映画科卒業。 「路字」「HD読書会」メンバー、「文化系トークラジオ Life」crew、「ひらめき☆マンガ学校」もぐりの生徒。『週刊ポスト』で「予告編妄想かわら版」連載中です。   お知らせ   編集お手伝いしている「monokaki」週に二回更新してます。 https://monokaki.everystar.jp

スタイリスト。1996年 スタイリスト熊谷隆志氏に師事 1999年 独立してスタイリストとして活動開始。 ファッション誌、PV、 広告の他、最近では映画や舞台、そしてコラム執筆など活動の幅を広げている。浅草キッド・キッドを自認。

「メルマ旬報」のキャプテン西寺郷太と、「メルマ旬報」唯一のファッショニスタ伊賀大介(akaエンタメ乞食)と、編集者の原カントくんの鼎談連載

1992年生まれ。東京都在住。 19歳からヌード写真を撮られるようになる。 2015年3月東京家政大学栄養学科卒業後、ヌードモデルとなる。主に写真雑誌などで活動中。 夢はアラーキー。 tumblrもぜひぜひごらんください。 http://kinakoiro.tumblr.com  

関西大学在学中、朝日放送が制作する深夜番組企画のアルバイトとして企画会議にて街中で一般人を強引に巻き込むライブパフォーマンス企画を提案する。   しかし、その内容はあまりにも素人くさく、当時の番組作りの常識から外れていた為、自分自身で出演して実演する事になる。 道端で出会い頭に人の頭をシャンプーする等の、ガチな荒技が評判になり、関係者の予想を覆し、大ブレイクする。 この時、テレビに出演するにあたり、たまたま思いついた名前が「越前屋俵太」であった。   のちにこの名前が本人の運命を決める事になる。   以後、何処のプロダクションにも属さずに出演し続けるという、無謀ともいうべき芸能界ではあるまじき行為で唯一無二の存在になる。   当時、責任ある制作一貫システムを構築するため、自ら立ち上げた制作会社で企画立案から営業、演出、出演、編集まで、すべてをこなしていた。 「探偵ナイトスクープ」を始めとして、自身が企画、構成、演出、制作した作品が日本民間放送連盟 娯楽部門 最優秀賞を2度、優秀賞が1度という民放連ハットトリックという離れ業をやってのけたが、あまりにも技が離れすぎていた為、誰も気づかなかった。また構成、出演した大阪市の公共CMがカンヌ国際広告祭 公共広告部門で、日本人初となる金賞を受賞し、クリエーター憧れの金の獅子が貰えると大喜びしたが、レプリカ代が30万円かかると言われるや否や、あまりにも高すぎるんじゃねえか!という理由で、いとも簡単に断っている。   その結果、トロフィーとかという目に見えるものがなかった事と、表の顔である「越前屋俵太」があまりにもインパクトが強かった為、演出家として活躍していた事は、ほとんど誰もしらない。     そしてご存知の通り、何の前触れもなく、伝説にでもなろうと思ったのか11年前、突如メディアから姿を消した。     タダでさえ怪しいキャラクターだったのにも関わらず、現在は直線書道家「俵越山」と名乗って道端に直線を書いてみたり、格好いい包丁が欲しいとか言って勝手にデザインして作ったり、仲間とグッドデザインを取ったのに誰にも言ってなかったり、関西大学非常識講師だとか言って、延べ5千人も社会に送り出してるのに、自分は未だ社会に復帰していなかったり、京都大学のデザインスクールのアドバイザーだとか言って、理論を社会実装させようとしてみたり、糞真面目な人工知能学会の招待講演でアリの格好でパリの首相官邸にノーアポで突っ込んでいる映像を見せて反則ギリギリの笑いをとったり自治体のPR動画を作成して、笑わせるのかと思いきや今度は市長を涙ぐませたりと、ますます怪しさ満点、やりたい放題の人生を送っている。       今明かされる、本人さえすっかり忘れている越前屋俵太の真実! メディアから姿を消していた11年間という歳月は一体彼に何を与えたのか?     「毎晩、夜空に颯爽と光りたなびく流星を見つけては、感慨深く自分が歩みし行き当たりばったり人生を内省しておりました。 ただ、あまりにもよく流れるので、よく目を凝らして見るとそれは流星ではなく人工衛星でした。 もう一晩中、あっちもこっちも飛ぶわ飛ぶわ!あんたら、なんぼ飛んだら気が済むねん!」本人談

福岡県生まれ、大阪府在住のライター(『水道橋博士のメルマ旬報』が初仕事)。少年時代から既に大スターであったさんまさんに僕が初めて興味を抱いたのは、1993年のこと。将来に不安を感じ、鬱屈した気持ちを笑いで晴らしてくれたのがさんまさんだった。それから間もなくして、ラジオ番組『MBSヤングタウン』に出会う。そこには、テレビとはまた違う、素に近いさんまさんの姿があった。少年時代の思い出、栄光のさんまヒストリー、数々の試練、心を打つ至言……気がつくと僕は、さんまさんが発する言葉を手当たり次第、ノートに書き留めていた。 そして1996年3月23日、この言葉に出会う。 「言っときましょう。私は、しゃべる商売なんですよ。本を売る商売じゃないんですよ。しゃべって伝えられる間は、できる限りしゃべりたい。本で自分の気持ちを訴えるほど、俺はヤワじゃない」 僕はこの言葉に感銘し、さんまさんが“しゃべり”によって伝えてくれた言葉を、きちんと“記録”していこうと決意する。 2013年9月、さんまさんの“しゃべり”を元に、約20年かけて集積した明石家さんまに関する資料を総動員させ、『水道橋博士のメルマ旬報』にて、その観察結果を発表する。 いずれは「明石家さんま研究家」と名乗れるような活動をしていきたい。 twitterアカウント @m_kac https://twitter.com/m_kac