連載一覧

今現在、某レコード会社の業務委託社員。TOKYO MXでの番組製作を始めとするコンテンツプロデュースを手がける。 現在は放送作家や書く仕事にシフトしようと画策中&絶賛お仕事募集中。 下北沢の書店B&Bで発売中の「決してLIVEでは読みきれない 水道橋博士の半世紀LIFE年表」(約6万6千字)の作成に協力しました! Twitter : @aizawaaa https://twitter.com/aizawaaa

"バラエティプロデューサー/ディレクター/映画監督 新刊『13の未来地図 フレームなき時代の羅針盤』発売中! 『「好きなことだけやって生きていく」という提案』4万部突破! 『成功の神はネガティブな狩人に降臨する‐バラエティ的企画術』(朝日新聞出版刊)絶賛発売中! 『「24のキーワード」でまるわかり! 最速で身につく世界史』おかげさまで大好評で現在13刷6万部行きました! 1970年千葉県生まれ。東京大学文学部西洋史学科卒業後、94年にTBSテレビに入社。『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』『EXILE魂』『オトナの!』等バラエティ番組を手がける。映画『げんげ』(出演:塚地武雅(ドランクドラゴン)/山田優)を初監督。昨年末TBSテレビを退社。 TOKYO MX 水曜20時~『オトナに!』(いとうせいこう/ユースケ・サンタマリアMC)絶賛放送中!

1970年大阪生まれ。 大学を卒業後、伝説のプロレス雑誌『紙のプロレス』の編集プロダクション、 株式会社ダブルクロスに入社。 大阪出身というだけで“原タコヤキ君”というホーリーネームを与えられる。 ちなみに当時はプロインタビュアー吉田豪氏も在籍。 その後、株式会社ローデスジャパンを経て、 テレビプロデューサー、イベントプロデューサーに転身。 今回は水道橋博士編集長よりの誘いを受け、 メルマ旬報に参戦することに。 ブログ:原タコヤキ君のダブルリングアウト harataco.com ツイッター:@harataco

1984年生まれ。オフィス北野主催のフライデーナイトライブをきっかけに、才能を見出され、2013年1月、オフィス北野に所属。5月にマキタスポーツの推薦がきっかけで、水道橋博士運転手になる。 ~マッハスピード豪速球~ 坂巻の狂気的演技と、ガン太の書くネタの世界観が特徴のコンビ歴4年目のコントチーム。 「コント、マナー」 http://www.youtube.com/watch?v=ZmsOFHg2Rok

ドワンゴ・会長室・エグゼクティブ・プロデューサー。 1957年東京下町生まれ。早稲田大学理工学部卒業。高校時代から内外映画鑑賞・自主映画制作に没入。映画制作者を目指すが父がたまたまパーティで会った故・大島渚監督に『これからは絶対テレビがいい』と諭され1982年日本テレビ入社。お笑い番組・歌番組・クイズ番組・海外取材番組・ドキュメンタリー番組等・・・ワイドショーとドラマ以外の全ての分野を担当。10年近く鳴かず飛ばず。「世界まる見え!テレビ特捜部」を企画・制作。その後、「恋のから騒ぎ」「笑ってコラえて」「特命リサーチ200X」「踊るさんま御殿」を企画・制作総指揮。編成部企画部長。編成局局次長、制作局局長代理を経て、2014年9月1日、(株)ドワンゴに完全出向。ニコニコドキュメンタリー責任者兼何でも屋。 スタジオジブリの小冊子「熱風」に1年半連載したものを大幅加筆した「ヒット番組に必要なことはすべて映画に学んだ」(文藝春秋刊)がある。この連載を新たに編集しまとめた近著『たけし、さんま、所の「すごい」仕事現場』(小学館新書)も好評発売中!

(株)プラチナクリエイツ代表TVプロデューサー/演出家 1965年生まれ。神奈川県小田原市出身。 1988年に日本テレビ入社。 スポーツ局でジャイアンツ担当、全日本プロレス中継、箱根駅伝、バルセロナ五輪などを担当 社会情報局に異動後「 ザ・サンデー」「情報ツウ」「 スッキリ!」「24時間テレビ」などと並行して「三行広告探偵社」「ブラックワイドショー」「中井正広のブラックバラエティ」 などを担当 2011年に制作局に異動「ヒルナンデス!」を立ち上げ3年で「 笑っていいとも!」 を終了に追い込む。 2014年独立。テレビ東京「モーニングチャージ」フジテレビ「 めざましどようび」などを担当。

東良美季 1958年生まれ、川崎市出身。編集者、AV監督、音楽PVディレクターを経て執筆業。 著書に『猫の神様』(講談社文庫)、『東京ノアール~消えた男優 太賀麻郎の告白』(イースト・プレス)、『代々木忠 虚実皮膜~AVドキュメンタリーの映像世界』(キネマ旬報社)他。 最新刊は『デリヘルドライバー』(駒草出版) http://qq3q.biz/J5KK 日刊更新ブログ『毎日jogjob日誌』 http://jogjob.exblog.jp/

日本唯一のアウトサイダー・キュレーター。 1976年生まれ、広島県在住。 2000年より知的障害者福祉施設職員として働きながら、広島県福山市鞆の浦にある「鞆の津ミュージアム」 でキュレーターを担当。2016年4月よりアウトサイダー・アート専門ギャラリー「クシノテラス」オープンのため独立。社会の周縁で表現を行う人たちに焦点を当て、全国各地の取材を続けている。 著書:『アウトサイドで生きている』(タバブックス) http://kushiterra.com

1956年生まれ。テレビプロデューサー、日本テレビ放送網株式会社日テレラボ シニアクリエイター。バラエティ番組『電波少年シリーズ』の「Tプロデューサー」、「T部長」などとして知られる。大学卒業後に日本テレビに入社し、ワイドショーの現場を経て、バラエティ番組制作に携わるようになった。 著書に『電波少年最終回』(日本テレビ放送網,2001年)、『一歩60cmで地球を廻れ 間寛平だけが無謀な夢を実現できる理由』(共著:比企啓之,ワニプラス,2009年)がある。

福岡県生まれ、大阪府在住のライター(『水道橋博士のメルマ旬報』が初仕事)。少年時代から既に大スターであったさんまさんに僕が初めて興味を抱いたのは、1993年のこと。将来に不安を感じ、鬱屈した気持ちを笑いで晴らしてくれたのがさんまさんだった。それから間もなくして、ラジオ番組『MBSヤングタウン』に出会う。そこには、テレビとはまた違う、素に近いさんまさんの姿があった。少年時代の思い出、栄光のさんまヒストリー、数々の試練、心を打つ至言……気がつくと僕は、さんまさんが発する言葉を手当たり次第、ノートに書き留めていた。 そして1996年3月23日、この言葉に出会う。 「言っときましょう。私は、しゃべる商売なんですよ。本を売る商売じゃないんですよ。しゃべって伝えられる間は、できる限りしゃべりたい。本で自分の気持ちを訴えるほど、俺はヤワじゃない」 僕はこの言葉に感銘し、さんまさんが“しゃべり”によって伝えてくれた言葉を、きちんと“記録”していこうと決意する。 2013年9月、さんまさんの“しゃべり”を元に、約20年かけて集積した明石家さんまに関する資料を総動員させ、『水道橋博士のメルマ旬報』にて、その観察結果を発表する。 いずれは「明石家さんま研究家」と名乗れるような活動をしていきたい。 twitterアカウント @m_kac https://twitter.com/m_kac