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本名、森田嘉宏(もりたよしひろ)。1969年9月29日、京都府生まれ。ワハハ本舗所属。演出家から出される様々なテーマに、たった一人で挑み、調査し、体験した出会いやエピソードをベタな大阪漫談スタイルで講話する「実録ノンフィクション漫談」芸人。実話ならではの壮絶さと説得力で、観客に爆笑と感動を与える。毎年行っている全国行脚ライブ「僕の細道」ツアーでは、限られた時間で必死にその土地の地元ネタを取材してライブで語り、各地で好評を得ている。   世にも稀なる「実録ノンフィクション」芸人の 笑って泣ける、壮絶実話が29本収録!! ----- 『コレ、嘘みたいやけど全部ホンマの話やねん』 コラアゲンはいごうまん 幻冬舎より単行本絶賛発売中!

1970年生まれ。長野県出身。時事ネタと新聞読み比べ(12紙購読中)を得意とする芸風で、現在ラジオ・テレビに週7本レギュラー出演中。※2018年上半期現在 2018年6月よりワタナベエンターテインメント所属。   ◆レギュラー番組 『サンデーステーション』(テレビ朝日)『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)『NEWS RAP JAPAN』(AbemaTV)『東京ポッド許可局』『荒川強啓デイ・キャッチ!』(TBSラジオ)『プチ鹿島の火曜キックス』(YBSラジオ)   ◆連載 『新潟日報』『スポーツ報知』『文春オンライン』『Number Web』『講談社 現代ビジネス』『東スポWEB』『EX大衆』『KAMINOGE』『TABLO』『プチ鹿島の思わず書いてしまいました!!』(毎週月曜配信メールマガジン)   ◆書籍 『教養としてのプロレス』(双葉社)『芸人式新聞の読み方』(幻冬舎)『プロレスを見れば世の中がわかる』(宝島社新書)『芸人「幸福」論』(KKベストセラーズ)

1971年、岡山県に生まれる。生後1週間で鳥取県鳥取市に移住。 1990年、高校卒業後大阪に移住。田中正悟氏の経営する中華料理店「西遊記」でアルバイト。 1991年、上岡龍太郎師匠に弟子入り。わずか半年程で破門を言い渡される。 1994年、上京。ピン芸人として泣かず飛ばずの日々を過ごす。 1997年、CS放送「サムライTV」の格闘技番組のメインキャスターに抜擢。 2000年、放送作家としてのキャリアをスタート。 2012年、処女作『坂本龍馬はいなかった』(彩図社刊)を上梓。 2016年、「水道橋博士のメルマ旬報」にて『格闘技を創った男~野口修評伝』連載開始。 2017年、5年ぶりの新刊『ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか』(イーストプレス刊)を上梓。     Twitter : @kotodamasashi   『ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか』(Amazon) https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4781650929/pgbl-22     『坂本龍馬はいなかった』(amazon) http://www.amazon.co.jp/%E5%9D%82%E6%9C%AC%E9%BE%8D%E9%A6%AC%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F-%E7%B4%B0%E7%94%B0-%E3%83%9E%E3%82%B5%E3%82%B7/dp/4883928810

人呼んで「キモオタ界、最後の希望」。 QBこと「まるや きゅうべえ」は、音楽サイト『bmr』所有者、コスプレイヤー、SF評論家、そして多様性探求者。 ツイッターはhttps://twitter.com/qb_maruya

1977年生まれ。男性。出版社勤務を経て、2005年にフリーライターとして独立。 三度のメシよりライブを好み、年間100ステージ以上に参戦。 とりわけピアニスト上原ひろみに傾倒し、彼女のライブは年間40~50公演鑑賞。 海外公演にも足を運び、2011年から2016年まで6年連続でニューヨークにも遠征。   長所=凝り性。短所=凝り性。 メールアドレスは sanofile110@gmail.com   猪瀬直樹氏(前・東京都知事)の指摘をきっかけに、ノンフィクション作家・ 佐野眞一氏の盗用・剽窃問題を調査開始。 2012年10月から12月にかけ、ネットメディア「ガジェット通信」に 短期集中連載「佐野眞一氏の『パクリ疑惑』に迫る」を寄稿。 http://bit.ly/Ty0TNG   2013年4月22日、ノンフィクション作家・溝口敦氏との編著 『ノンフィクションの「巨人」佐野眞一が殺したジャーナリズム  大手出版社が沈黙しつづける盗用・剽窃(ひょうせつ)問題の真相』(宝島社)が発売。 http://amzn.to/15rHSUp   本件に限らず、出版界のディープなスキャンダルに強い関心をもつ。

1982年生まれのライター&「monokaki」編集部スタッフ。 東放学園専門学校デジタル映画科卒業。 「路字」「HD読書会」メンバー、「文化系トークラジオ Life」crew、「ひらめき☆マンガ学校」もぐりの生徒。『週刊ポスト』で「予告編妄想かわら版」連載中です。   お知らせ   編集お手伝いしている「monokaki」週に二回更新してます。 https://monokaki.everystar.jp

フリーライター。1992年、浅草キッドに師事。主な活動→芸能ゴシップの取材&インタビュー、漫才台本、タレント本の代筆、そっくりさん探し(アサ芸で10数年担当、文春で言う顔面相似形。モノや動物に頼るそっくりは邪道。極意あります)、野鳥の保護など。連載「週刊アサヒ芸能人」(週刊アサヒ芸能/1993~)、イベント「スナック玉ちゃん」(2009~)、ラジオ「浅草キッドの奇跡を呼ぶラジオ」(ニッポン放送/1993~1994)構成、単行本「玉袋筋太郎の声に出して言えない日本語」(KKベストセラーズ/2009)「スナックあるある」(講談社/2014)、などの構成に携わる。

1970年大阪生まれ。 大学を卒業後、伝説のプロレス雑誌『紙のプロレス』の編集プロダクション、 株式会社ダブルクロスに入社。 大阪出身というだけで“原タコヤキ君”というホーリーネームを与えられる。 ちなみに当時はプロインタビュアー吉田豪氏も在籍。 その後、株式会社ローデスジャパンを経て、 テレビプロデューサー、イベントプロデューサーに転身。 今回は水道橋博士編集長よりの誘いを受け、 メルマ旬報に参戦することに。 ブログ:原タコヤキ君のダブルリングアウト harataco.com ツイッター:@harataco

関西大学在学中、朝日放送が制作する深夜番組企画のアルバイトとして企画会議にて街中で一般人を強引に巻き込むライブパフォーマンス企画を提案する。   しかし、その内容はあまりにも素人くさく、当時の番組作りの常識から外れていた為、自分自身で出演して実演する事になる。 道端で出会い頭に人の頭をシャンプーする等の、ガチな荒技が評判になり、関係者の予想を覆し、大ブレイクする。 この時、テレビに出演するにあたり、たまたま思いついた名前が「越前屋俵太」であった。   のちにこの名前が本人の運命を決める事になる。   以後、何処のプロダクションにも属さずに出演し続けるという、無謀ともいうべき芸能界ではあるまじき行為で唯一無二の存在になる。   当時、責任ある制作一貫システムを構築するため、自ら立ち上げた制作会社で企画立案から営業、演出、出演、編集まで、すべてをこなしていた。 「探偵ナイトスクープ」を始めとして、自身が企画、構成、演出、制作した作品が日本民間放送連盟 娯楽部門 最優秀賞を2度、優秀賞が1度という民放連ハットトリックという離れ業をやってのけたが、あまりにも技が離れすぎていた為、誰も気づかなかった。また構成、出演した大阪市の公共CMがカンヌ国際広告祭 公共広告部門で、日本人初となる金賞を受賞し、クリエーター憧れの金の獅子が貰えると大喜びしたが、レプリカ代が30万円かかると言われるや否や、あまりにも高すぎるんじゃねえか!という理由で、いとも簡単に断っている。   その結果、トロフィーとかという目に見えるものがなかった事と、表の顔である「越前屋俵太」があまりにもインパクトが強かった為、演出家として活躍していた事は、ほとんど誰もしらない。     そしてご存知の通り、何の前触れもなく、伝説にでもなろうと思ったのか11年前、突如メディアから姿を消した。     タダでさえ怪しいキャラクターだったのにも関わらず、現在は直線書道家「俵越山」と名乗って道端に直線を書いてみたり、格好いい包丁が欲しいとか言って勝手にデザインして作ったり、仲間とグッドデザインを取ったのに誰にも言ってなかったり、関西大学非常識講師だとか言って、延べ5千人も社会に送り出してるのに、自分は未だ社会に復帰していなかったり、京都大学のデザインスクールのアドバイザーだとか言って、理論を社会実装させようとしてみたり、糞真面目な人工知能学会の招待講演でアリの格好でパリの首相官邸にノーアポで突っ込んでいる映像を見せて反則ギリギリの笑いをとったり自治体のPR動画を作成して、笑わせるのかと思いきや今度は市長を涙ぐませたりと、ますます怪しさ満点、やりたい放題の人生を送っている。       今明かされる、本人さえすっかり忘れている越前屋俵太の真実! メディアから姿を消していた11年間という歳月は一体彼に何を与えたのか?     「毎晩、夜空に颯爽と光りたなびく流星を見つけては、感慨深く自分が歩みし行き当たりばったり人生を内省しておりました。 ただ、あまりにもよく流れるので、よく目を凝らして見るとそれは流星ではなく人工衛星でした。 もう一晩中、あっちもこっちも飛ぶわ飛ぶわ!あんたら、なんぼ飛んだら気が済むねん!」本人談

1956年生まれ。テレビプロデューサー、日本テレビ放送網株式会社日テレラボ シニアクリエイター。バラエティ番組『電波少年シリーズ』の「Tプロデューサー」、「T部長」などとして知られる。大学卒業後に日本テレビに入社し、ワイドショーの現場を経て、バラエティ番組制作に携わるようになった。 著書に『電波少年最終回』(日本テレビ放送網,2001年)、『一歩60cmで地球を廻れ 間寛平だけが無謀な夢を実現できる理由』(共著:比企啓之,ワニプラス,2009年)がある。