死ぬ前に翔べ

萩原正人

第68回 水道橋博士と出会った頃のはなし

キリングセンスがデビューしたのは渋谷見番寄席というお笑いライブだ。1987年2月のこと。わたしがお笑いを始めたきっかけは、簡単にいえば相方となるシャブに「3ヶ月だけコンビを組んでみない?」と、誘われたからだ。出会ったのはアマチュア劇団TMO。上京したばかりの18歳だったわたしは、高校時代に群馬県太田市の市民劇団に所属していたこともあって、友達がつくれたらと、ぴあで募集をかけていたTMOに、気安い気持ちで参加したのだ。そこでシャブと出会った。シャブは相方を探すつもりで劇団に応募していた。これまでもパンク雑誌「DOLL」のバンドメンバー募集欄に「一緒にお笑いコンビを組みませんか」と募集をかけたが見つからなかった。なぜパンク雑誌なのか意味不明だが、たった一人だけ応募してきた。モヒカン刈りのパンクロッカーだ。そしてやはり「なぜ『DOLL』で相方を探そうと思ったんですか? 面白そうだから、どんな人か・・・・・・・・・・

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