死ぬ前に翔べ

萩原正人

第63回 不登校児と小池栄子 前編

年末にひとり息子のヒロタカから、「おやじ、美味しい中華屋を見つけたから奢るよ」と、連絡があった。
「無理すんな。そんな稼いでないんだろ」と、軽くあしらうと、当日、自慢げに給与明細を持ってきやがった。
自慢か!
中学を卒業すると進学せず職人になった。十代は腰が定まらず職を転々としていたが、今では親方を任される一人前の配管工だ。そんなヒロタカが今年で30歳になる。

肝硬変の末期、静脈瘤破裂で死線をさまよい奇跡的に意識を取り戻した。その一週間後がヒロタカの小学校の入学式だった。ボロ雑巾のような身体だ。とても出席できないとあきらめていると、担当医から驚きの外出許可がでた。
「萩原さんは、卒業式は見れません。せめて、入学式には出席して下さい」
まさに、この通り言われた。
はたして思いやりのある言葉なのか、そうではないのか……。湾曲的に、「あなたの余命は6年ありません」と言われてしまったのだから。もっともその後、わたしの身体は絶望的な状態であることが判明し、余命半年と宣告されることになるのだが──わたしはヒロタカの小学校どころか、中学校の卒業式にも出席した。成人式にはスーツをあつらえてやった。そしてことしは30歳である! これこそが、わたしの伝えたい移植医療の素晴らしさなのだ。

中華料理屋では、昔話で盛り上がった。

「お前も三十路か。俺が30歳の頃は、もう肝硬変って診断されてたよ」と、自慢にならない自慢をすれば、「信じらんねぇ」と、ヒロタカが苦笑する。
そりゃそうだ。わたしも信じられなかった。その後、アメリカで肝臓腎臓の同時移植を成功させて日本に帰国することになるのだが、これだって信じられない話だ。しかもまさか、その10数年後に、またしても腎臓を再移植することになろうとは……。

余命半年と宣告されたとき、残りの命の短さが、いまいちピンとこなかった。──その物差しになってくれたのがヒロタカだ。広い空と書いて、ヒロタカとよむ。わたしが命名した。一人息子だ。

奇跡的に、入学式に出席した。
「パパなおったの!」と、嬉しそうに満面の笑みで、広空が駆けてきた。その笑顔を見て、この子とたった6年しか一緒にいれなかった。もっと一緒にいたかった。もっともっと一緒に暮らしたかった。はじめて死ぬことの意味がわかった。その夜、病室の枕を噛んで号泣した。

わたしはアメリカでの渡航移植を決断したが、諸事情があって広空をアメリカに連れて行くことはできなかった。そこで栃木の実家に預けた。感慨深いのは、東京で生まれたヒロタカが、わたしの小学校の母校に通うことになったことだ。しかし、よそ者として、少なからずのイジメもあったようだ。

わたしのアメリカでの移植体験は、「奇跡体験!アンビリバボー」で放送された。そのときの映像でわたしが号泣してしまったシーンがある。

わたし達は成田空港で記者会見をした。広空も同席していたが、このときは涙ひとつ見せなかった。いよいよ搭乗手続きとなって、わたしが車椅子に乗ってゲートの向こう側に消えようとした瞬間、広空がわたしたちを追って駆け出したのだ。
「ヒロくんは行けないよ!」「そっちには行けないよ!」
従姉妹の悲壮な叫び声が映像に残っている。

そしてわたしは、成田発ダラス行の飛行機に乗った。
見送りに来てくれた人たちは、離陸する飛行機を見送ろうと展望デッキに集まってくれていた。
「ヒロくんは行けないよ!」と叫んだ従姉妹に抱かれたヒロタカが、これまで、一度も泣いたとこのないヒロタカが、わたしたちの乗った飛行機が離陸したとたん、大粒の涙をこぼしたのだ。
いまこの原稿を書いていても、あのシーンを思いだすと涙が出てしまう。
わたしは本当にダメな父親だ。小さい頃は心配ばかりかけてきた。小学校を卒業した年には妻と離婚。わたしが広空を引き取った。口には出さないが寂しい思いもしていたようだ。あれは中学三年生の二学期のことだったか、ヒロタカが急に不登校になった。何も語らず、原因も不明。ただ学校には行きたくないの一点張りだった。ふたりで話し合って、転校することまで視野にいれた。こんなとき、わたしが相談できるのは太田さんだけだ。

なにか用事や頼みごとがあって太田さんにメールをしても、返事はそっけない。たった一言、「わかった」くらいのものだ。ただ、メールの内容にSOSの匂いを嗅げば、太田さんはすごく丁寧にお叱りのメールをくれる。あのとき、わたしは愚痴を送った。すると太田さんは、お前の愚痴なんかどうでもいい。一番傷ついているのはヒロタカだ。そんな内容のメールだったはずだ。そして、気分転換にわたしとヒロタカで太田さんに会いに行くことにした。爆笑問題カーボーイのスタジオへ。

そして事件は起きたのだ。本番前のスタジオで雑談していると、たまたま通りかかった小池栄子さんが挨拶に現れた。そして始まった。太田さんの悪ノリが──「栄子ちゃん、こいつにキスしてやってよ」と。

つづく