2021年9月9日号

前回の続きで、浪曲がどのようなメディアの中で展開してきたか、について書こうと思う。そのためにはまず、芸能としての形を明らかにする必要がある。 一口に寄席芸と言っても、講談・落語と浪曲ではかなりありようが違う。芸能としての成立事情がそもそも異なるのだが、そこまで遡らずとも歴然としている差異は、講談・落語が都市部のものであったのに対し、地位が確立されて以降の浪曲は地方にも大きな需要があったことだ。一流の浪曲師はその名を看板とした一座を組み、巡業をして回るのが常であった。 浪曲が下火になるのは経済の高度成長が波に乗る昭和40年代からだが、その時期になってもまだ地方では「豪華浪曲大会」と銘打たれた興行が各所で打たれていた。平成期になっても名古屋の早川興行社が行っていた大会は、日本浪曲協会・浪曲親友協会の自主興行(手打ち)ではないという意味では最後の地方大会だ。各地の体育館など、千人規模を収容できる・・・・・・・・・・

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