第二九回 ジーコ・サッカーセンター「オープニングセレモニー」

一九九五年一月十七日朝、阪神淡路大震災が起きた日、ぼくはサンパウロ空港に到着した。 ブラジルとの時差十二時間に身体を慣らすために、夜まで必死で眠気を必死でこらえた。そして翌日、飛行機でリオ・デ・ジャネイロに向かった。同行したエドゥことエドワルド西尾は申し訳なさそうに「今回はリオのシーザーパークが取れなかった」と言った。シーザーパークはこの連載で触れたように、日本の青木建設が経営する高級ホテルである。リオではコパカバーナ海岸の一等地にあった。 今回の宿泊はシェラトンホテルだった。結果として、この選択によりぼくは一つの発見をすることになる。 リオには国際、国内の二つの空港がある。後者にはサントス・ドゥモンというブラジルの飛行機王の名前がつけられている。サントス・ドゥモン空港でエドゥが手配したレンタカーを受け取った。 空港から海沿いの道を車で走ると、フラメンゴ、ボタフォゴといったサッカーファンに・・・・・・・・・・

続きをお読みいただくには「会員登録」と「購読申込」が必要です。

毎月500円(税込)で読み放題+電子書籍版でまとめて読める

読み放題+電子書籍で購読

1記事100円(税込)で気になる記事だけ購読記事を単品で購入する

サービスの概要を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。
購入した記事は購読一覧で確認できます。