2013年8月27日04:26

前回に続き、シンガーソングライターの黒沼英之さんの読書話をお届けします。まずはメジャーデビューミニアルバム『instant fantasy』のジャケットにまつわるお話から。
「今回のミニアルバムのジャケットで、僕が持っている本。実は大切な友人から誕生日に贈られた一冊なんです。おーなり由子さんの『きれいな色とことば』。心が動いたり、ずきずきしたり、ぐっときたりする瞬間。そういう言葉で説明できないような曖昧な気持ちをすごく丁寧に......説明するというよりも、曖昧なままにちょっとヒントをくれる。そんなエッセイです。最初の章の書き出しに"怒りの正体は悲しみなんだって"という一文があるんですが、ここでまずぐっときましたね。胸のつかえがとれたというか。いつかの時に怒っていたこと、イライラしていたこと、それってすごく悲しかったからなんだって。今まで思い悩んでいたことが、すーっととれたような気になりました。ほかにも帰り道に見た夕日がものすごく綺麗だった瞬間とか、炭酸水は苦手だけど炭酸の泡のきらびやかな様子には憧れる、とか。些細なことなんだけど、残しておきたい大切な気持ちが書かれています。今度は僕がこの本を誰かに贈りたいなって、そんな気持ちになる一冊です」
そう話す黒沼さんの歌詞もまた、日常の風景が浮かんでくるような独特の世界観があります。大好きな読書からの影響もあるのでしょうか?
「穂村弘さんには影響を受けているかなと思います。短歌も好きですが、特に好きなのは『世界音痴』というエッセイ。例えば飲み会がすごく苦手だとか、ホームランボールが当たるのが怖くて野球をじっと見ていられないとか、ご自身のダメなエピソードがたくさん綴られています。自分のコンプレックスをどこか遠くから、自分と少し切り離してユーモアを交えて書くことでエネルギーが生まれる。コンプレックスやダメなところって誰にでもありますが、そういうものをエネルギーにした作品って、すごく強いモノがあるんじゃないかなと思うんです」
ところで、漫画も大好き!という黒沼さん。特に漫画家の志村貴子さんは小学校の頃からの大ファンなのだとか。
「一番好きなのは志村さんのデビュー作でもある『敷居の住人』です。容姿には恵まれているのに、ひねくれすぎていて友達とうまくやれない中学生が主人公。そんな彼を放っておけない周りの友達や先生たちを巻き込んで、物語が進んでいきます。大きな事件はまったく起きず、みんなが過ごしている様子がずっと描かれているんですが、台詞の掛け合いであったり、周りから見れば小さいんだけど本人にとっては重要なコミュニケーションのねじれみたいなことが、すごく上手く書かれているんです。小学5年生くらいの頃に初めて読みましたが、今も読み返しますし、今読んでも面白い! 志村さんが23歳の時の作品ですが、僕が初めてインディーズ盤を出したのも23歳。漫画家さんって、デビューしたての時の絵のタッチと今のタッチが全然違うってことが多いですが、志村さんも最初はストーリーや会話のテンポ、絵の構図も荒削りなんですが、巻を進むにつれて洗練されていって。自分とデビューの歳が同じというのにも親近感がありますし、何よりこうして毎日真面目に作品と向き合って作っていけば、人は成長していけるんだなと、力をもらえる作品でもあります。いろんな節目で読み返したい漫画ですね」
そしてもう一冊、今一番好きな漫画の話で締めたいと思います。今年、漫画大賞を受賞したあの作品です!
「吉田秋生さんの『海街diary』です。鎌倉で暮らす三姉妹が、母親と離婚して以来長い間会っていなかった父親の葬儀に行くんですが、そこで母親違いの四女と出会って共同生活を始めるという話。それぞれが抱いている煮え切らない感情や、いろんな事情を抱えながらも、たくましく生きていく姿が描かれています。説明しすぎず解釈は読んでいる人に委ねてくれる。余韻を残す描き方がすごく上手なんです。考えさせられることも多く、それでいてすっと入っていけるような素敵な作品ですね」
<プロフィール>
黒沼英之(くろぬま・ひでゆき)
1989年生まれ。シンガーソングライター。立教大学映像身体学科卒業。15歳の頃から曲作りを始め、大学進学後本格的に音楽活動をスタート。ピアノの弾き語り、バンドスタイルなどで、都内でライブ活動を行う。2012年11月13日には渋谷WWWにて初のワンマンライブを開催し、チケットはSOLD OUT。また、フィンランド・ヘルシンキで年2回発行のファッション&アート誌「SSAW MAGAZINE」にて唯一の日本人モデルとして誌面に登場。2013年6月26日にメジャーデビューミニアルバム『instant fantasy』をリリース。