『水道橋博士のメルマ旬報』過去の傑作選シリーズ 川野将一「ラジオブロス」~Listen.62 『 新垣隆の音楽室 』~

芸人・水道橋博士が編集長を務める、たぶん日本最大のメールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』。
2016年6月現在、49名の豪華連載陣が集う、質量ともに滅茶苦茶なメルマガですが、今回は、過去の傑作選・公開企画として、現在、話題沸騰中の映画『FAKE』(監督/森達也)の公開にちなみ、川野将一氏による「ラジオブロス」新垣隆氏に関しての連載原稿をお届けします。 (編集/原カントくん)
『水道橋博士のメルマ旬報』 https://bookstand.webdoku.jp/melma_box/page.php?k=s_hakase

以下、『水道橋博士のメルマ旬報』Vol87 (2016年6月10日発行)より一部抜粋〜


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Listen.62 『 新垣隆の音楽室 』
( 2015年10月〜 ふくしまFM 毎週日曜深夜0:00〜1:00ほか JFN系列で放送 )


プリンセス プリンセスの名曲『M』。
その番組での"M"は性癖の方を指し示した。
「♪いつもエッチがしたかった〜」。
西野カナの『会いたくて 会いたくて』においては
「♪ヤリたくて ヤリたくて 震える」に。

2015年3月、NOTTV放送のお色気替え歌バラエティー番組、
『セクシーすぎる!歌謡バトルSongooood!!』の構成に僕は就いた。
会議を進めていくうちに、下世話なりに番組に格を持たせるため、
誰か1人、音楽の専門家に審査員を担ってもらってはどうかということが議案に上がった。
しかし、それは引き受けてくれる人が存在しての話だ。

「新垣さんならやってくれるんじゃない?」

その名前は、誰からともなく同時に上がった。
失礼にも程があるだろと思いきや、事務所に連絡をとると、先方は即決した。
番組では適度に"なんでこの仕事を引き受けちゃったんだろ"感を出しながら、
歌うセクシータレントたちのちょっかいを上手にかわしながら、
1曲ごとにキーボードによるメロディで判定音を出す仕事を見事にこなした。

鼻クワガタ、風船爆弾、セーラー服、氷風呂、壁ドン...。
数々の番組で数々のリアクション役を担った新垣は、
人に頼み事をされると断れない『しくじり先生』として番組に出演した時、
「憧れは 昔はバッハ いま出川」という"五七五"までを披露し爆笑を誘った。

そんなバラエティー番組での"贖罪"を込めた新垣の活躍ぶりを、
佐村河内守は、あのマンションの薄暗いリビングのテレビで見ていた。
しかし、新垣のテレビ番組での振る舞いには全て台本が存在し"演出"がある。
もちろん、佐村河内もそれも知ったうえで字幕付きのテレビを見ていたはずだ。
だが、ラジオでの演出されていない"素"の新垣隆の言葉は、聴けてはいない。

新垣「ごきげんいかがですか、新垣隆です」

2015年10月、東京を除くJFNの系列局で、
新垣隆がメインDJを務めるラジオ番組『新垣隆の音楽室』がスタートした。
冒頭の自己紹介の挨拶すら噛むこともある、たどたどしく不慣れな進行で、
アシスタントのフリーアナウンサー・栗林さみにフォローされながら、
スタジオに持ち込まれたキーボードによる生の弾き語りも交え、
クラシックを中心とする音楽の魅力を存分に伝えている。

『交響曲第1番 HIROSHIMA』。
2008年、佐村河内守の名義で発表されたゴーストライター騒動の柱となる交響曲。
業界では数千枚売れれば及第点とされながら、異例となる18万枚以上のセールスを記録。
それを把握しながらも、今もって「クラシック」に対する高い壁を認識する新垣は
いつも特殊なアプローチでリスナーをその世界へと導く。

アニメ『キャンディ・キャンディ』の主題歌が、
業界では珍しい「チェンバロ」という楽器から始まっていること、
小澤征爾が指揮を執る「サイトウ・キネン・オーケストラ」の、世界を視野に入れた、
カタカナによる「キネン」が"記念"と"祈念"のダブルミーニングになっていること等、
かつて、ロケット工学の第一人者である糸川英夫博士が提唱した、
「世界のVIPとすぐに打ち解ける方法」である、人に言いたくなるクラシック・トークを
"バイエル"の段階から手取り足取り優しく教えてくれる。

『スター・ウォーズ』のジョン・ウィリアムズを初めとする映画音楽の特集では、
『戦艦ポチョムキン』『チャップリンの放浪者』のサイレント映画の上映会で、
ピアノ伴奏を付けたこともある新垣が、スタジオでアドリブの伴奏を披露。
「海辺で女と寄りを戻そうとする男」「時代劇でのチャンバラ」
「追う刑事と追われる犯人」などのワンシーンに即興で音の彩りを与えた。

この番組において、音楽の先生である新垣の"闇の18年間"については問われない。
「佐村河内守」の名前はもちろん「ゴーストライター」の言葉が出たこともない。
だが、「音楽家の名言」を特集した回で、新垣はドビュッシーの意味深な言葉を紹介した。

「芸術とは最も美しい嘘のことである」

「ここでいう嘘というのはフィクションの意味で、虚構・作り物だと思うんですよね。
 人が作ったもの、嘘なんだけど美しい。芸術というものはそういうものだと」と解説し、
ドビュッシーの「前奏曲 亜麻色の髪の乙女」を流した。

2015年6月11日放送のニッポン放送の特番、
『久保ミツロウ・能町みね子のオールナイトニッポンGOLD〜新垣隆さん赤裸々スペシャル!〜』
でも、当時、発売直前の本人の著書『音楽という〈真実〉』の奥付に、
別の「構成者」がクレジットされていることを2人につっこまれると、
「間違っても"まだ読んでません"とは言いません」と
1984年の『オールナイトフジ』(フジ)での松本伊代の発言をネタにしながらも、
「(本の)"音楽という〈真実〉"も嘘ですよね。音楽作品もひとつのフィクションですから」
という新垣。おそらく、騒動以降ずっと"音楽という〈嘘〉"を考え続けているのだろう。

「スタンディングオベーションに迎えられるのは作曲家・佐村河内守。
 しかし、その賞賛の声は彼には届かない。両耳に聴力が全くないのだ。」

そんなオープニングで幕を開ける、
騒動前の佐村河内守をフィーチャーした、NHKスペシャル
『魂の旋律〜音を失った作曲家〜』は、2013年3月31日、
くしくも〈嘘〉の標的になる手前、エイプリルフールの1日前に放送された。

スピーカーを手で触り振動から音を感じとる佐村河内。
15種類もの山と積まれた薬について説明する佐村河内。
東日本大震災の被災地、宮城県女川の海辺を夜に6時間、杖を付いて歩く佐村河内。
曲作りに没頭し、悩んで髪の毛を掻きむしり、壁に頭を打ちつける佐村河内。

その3年後に公開される『FAKE』を監督した森達也は、
2005年3月出版の自著、『ドキュメンタリーは嘘をつく』のなかで、
NHKが、ドキュメンタリー番組でのディレクターのクレジットが「構成」となっている
違和感を指摘し、2008年9月出版の文庫版『それでもドキュメンタリーは嘘をつく』では、
最近になって「ディレクター」に表記が変わりつつあることを加筆している。

それまでは、カメラ側に演出は無く、現場で記録された〈事実〉を並べ替えて
"構成"することから、ディレクターを「構成」という役割と捉えていたのだろう。
それは、放送作家が担う"構成"ともまた違う、クリエイティブ能力を欠いたものである。
だが、このNHKスペシャルでのディレクターは残念ながらその通りだったのかもしれない。
あえて言えば、〈事実〉を"演出"した「ディレクター」は、佐村河内守になるのだろう。

「音楽室」。
新垣隆のラジオ番組のタイトルと同じように、
佐村河内守も自宅の仕事部屋をそのように呼んでいた。
そして、NHKスペシャル『魂の旋律』と映画『FAKE』は、
全く異なる理由から、その「音楽室」での試みをクライマックスにしている。

2016年6月4日、渋谷ユーロスペースの『FAKE』公開初日、
森監督の挨拶があって始まった初回上映に間に合った僕は、最後の12分間を眺めながら、
かつて森監督の著書の一文から作った、ある深夜テレビ番組のことを思い出していた。

2007年10月からスタートした、福山雅治主演ドラマ『ガリレオ』。
事件のさなかに起きる超常現象を解き明かして事件を解決する科学ミステリー。
以降、フジテレビ月9で第2シーズンまで放送され、2本の映画が作られた人気ドラマだ。
それが産声を上げる直前のPR番組の構成を筆者は任された。

深夜の放送でドラマのテーマに準じていれば中身は何でもいい。
むしろヘンなことをやってほしいというオファーに、僕が提出した企画が、
『ガリレオ 湯川学物理学准教授の「スプーン曲げ」に関する紆余曲折レポート』だった。

「スプーン曲げ」。
それは、最も有名で、最も手軽でありながら、
最もいかがわしく、最も憧れを抱き、最も真似してみたい「超能力」。
そこには、スプーンで味わえる味覚の数以上の、果てしない夢と魅力が詰まっています。
番組では、そんな至高のイリュージョンの実像に、新月9ドラマ
『ガリレオ』の主人公、福山雅治演じる湯川学物理学准教授が挑みます!

つまりは「スプーン曲げ」を追求した1時間番組。
そんな深夜番組黄金時代のような悪ノリにフジテレビは乗ってくれ、
2007年10月7日『ガリレオ物理学研究室特別講義「スプーン曲げ」』として放送された。

もちろん頭の中には、森達也ディレクターが"超能力者"にスポットを当てた、
1998年『NONFIX』(フジ)で放送されたドキュメンタリー『職業欄はエスパー』があったが、
番組のヒントは、その4年後、2001年3月に出版された森達也著のノンフィクション、
『スプーン〜超能力者の日常と憂鬱〜』の中の超能力者・秋山眞人の一言にあった。

秋山「スプーン曲げだけでも40種類くらいのトリックがあります」

ハウツー番組のごとく、その40種類あるスプーン曲げのトリックを
全てオープンにして見せることを大幅な尺をとったメインに僕は考えていた。
秋山眞人は快く了承してくれたが、役割はあくまで解説役で、ハウツーの実践には
別の人物のキャスティングが必要になった。だが、ここで業界の壁にぶつかる。
スプーン曲げのトリックを明かすことは、超能力界でもマジック界でもタブーとされていた。
誰も捕まらないなか、協会に属していない"野生のマジシャン"に声をかけOKをもらい、
「力で曲げる」「錯覚で曲げる」「すり替えで曲げる」「道具で曲げる」の
カテゴリー別に分け、すべてのトリックを公開した。

しかし、番組の真の狙いはここから始まる。
スタッフは、照明、機材、空調、テーブル、椅子...など、
秋山眞人が自らオープンにした40種類のスプーン曲げトリックが
"通用しない状況"を作り上げ、そこに秋山本人を迎え入れる。
そして、本来は"超能力者"である秋山氏にお願いをする。

「今ここで"超能力で"スプーンを曲げてください。」

秋山氏はこちらの狙いを納得し挑戦してくれた。
自らが明かしたトリックが全てガードされた状態でのスプーン曲げ。
ひょっとしたら41個目のトリックを隠し持っているかもしれないとも考えた。
だが、何時間カメラを回しただろうか。結果的に、スプーンは曲がらなかった。

超常現象の謎を解き明かすのがドラマのテーマでもあるから、
そこで終わったとしても、十分『ガリレオ』のPRの役割は担っていた。
だが、ここからが全くの想定外で、秋山は違うエンディングを作った。
スプーン曲げに挑戦し失敗したロケの後日、制作スタッフのもとに、
秋山本人から、折れたスプーンとビデオテープが送られてきたのだ。

ビデオに映っていたのは、自分の事務所で
ロケの続きとなる、超能力による「スプーン曲げ」に挑む秋山の姿だった。
そして、ビデオの中の秋山は、スプーンを、曲げて、折った。
同封されていた手紙には短いメッセージが書かれていた。
「自分では精一杯でした。ご判断にゆだねます」。
後日、走査型電子顕微鏡と実態顕微鏡を使って調べた結果、
スプーンの切断面は、人工的に切断したものとは異なることが証明された。
"超能力の有無の証明"ではなく、番組はその事実を伝えた。

番組は、それら一連の成り行きを調査VTRとして、
福山演じる湯川助教授が、講義で流し生徒に解説しているスタイルをとった。
そして最後に、湯川准教授は、教卓の上に、
説明するために手に持っていたスプーンを置いて教室を出ていく。
置いていったそのスプーンをアップにするとぐにゃっと曲がっている...という終わり。

もちろん、裏の意味として「さじを投げた」メッセージも含んでいるのだが、
『FAKE』がそれと全く違うのは、"結果オーライ"の問いかけではなく、
監督の言動も含め、最初から前提として、見る人に問題提起をする作品になっていることだ。

BSスカパー!『ニュースザップ』に構成として参加している筆者は、
今年2月22日、「映画監督特集」の初日に森達也監督をゲストに迎え打ち合わせをした。
さっき映画の編集が終わったばかりという監督は、絶対寝ていないはずなのに、
実に晴れ晴れとした、でも何かを企んだような充実感に満ちた笑顔を向けてくれた。
その自信に違わず、こんなに怖く、ややこしく、座りの悪い大傑作は初体験である。

その異質ぶりを音楽に例えるなら「現代音楽」が相応しいだろう。
ベートーヴェンやモーツァルト、ショパン等のクラシック音楽を否定した前衛的な楽曲。
その代表的な一曲によく挙げられるのが、ジョン・ケージの「4分33秒」だ。
ピアノに座り蓋を開けるが、じっとしたまま鍵盤には一度として触れない。
なのに、一定のタイミングで楽譜をめくり、時間が来たら蓋を閉めて立ち、客席に礼をする。
その間の会場の空調や客の咳払いなど、全ての自然音を含めて作品だという、
人を食ったような、現代音楽の象徴ともいえるその"一曲"の持つ奥行きは、
見た後に誰かと語り合うことも含めて作品ともいえる、『FAKE』とよく似ている。

新垣「それ以前のクラシックの作曲家があらゆる和音やメロディを紡いでしまったために、
   現代の作曲家はどこかでその模倣にならざるをえない。
   それを拒否してオリジナリティを追求したところに現代音楽がある」

NHK-FMで日曜朝に放送されている『現代の音楽』。
戦後まもない1946年に始まった『日本の音楽』が前身で、
1957年からNHKラジオ第2放送でタイトルを変えて続き、FMへと引き継がれた、
実に70年の歴史を持つ「現代音楽」の番組に、小学校高学年の新垣隆少年が出会った。

35年後の自身のFMラジオ番組『新垣隆の音楽室』に、
当時『現代の音楽』から録音した、ジョン・ケージの曲、
「プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード」の
"カセットテープ"を持参した45歳の新垣隆中年は、昔、実際にケージの真似をして、
グランドピアノの弦の上に食器具などを置いて演奏したこともあると明かしてくれた。

『FAKE』の本編では、2015年6月、
著書のサイン会の現場で、森監督の"アポ無し"の直撃を笑顔で受けていた新垣隆。
森達也というドキュメンタリー作家が佐村河内守の映画を撮っていたことは認知していたが、
追って公式取材の打診をすると事務所を通じてNGを出したことが報告された。
「ゴーストライター騒動」の一切に触れていない自身のラジオ番組では、
映画公開が始まってからも、その『FAKE』のタイトルを一度として出していない。

だから、2016年6月6日、「新垣隆」の公式ツイッターで
スタッフの手によって、『FAKE』のタイトルが書かれていたのを見たときは驚いた。
そして、貼り付けてあったBLOGOSのサイトを開いて大いに納得した。

記事のタイトルは、「残酷なるかな、森達也」。
『FAKE』に関する記事は様々読んでいたが、ひょっとしたら、
この段階で初めてかもしれない真正面からの映画への大批判だ。
書いたのは神山典士。2014年、「週刊文春」でゴーストライター問題をスクープし、
第45回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したノンフィクション作家。
映画でも取り上げられていた、佐村河内の記者会見において
「まだ手話通訳は終わっていませんよ」とツッコミを入れた当事者だ。

ネタバレを含む長文に渡った批判の展開を強引ながら要約すると、
BPOの調査報道ですでに結論が出ている「佐村河内に音楽的素養や能力がない」こと。
果たした役割は「楽曲のイメージ構想を指示書で伝えるプロデューサー的なものだった」
ことを、映画のなかでは完全に無視して作ってしまっていること。
さらに"自分で作曲出来る"とするならば、「なぜ他人に創作を委ねたのか?」の
質問をぶつけていない、ジャーナリズム精神を欠いた内容であることを挙げている。
ちなみに、映画本編では多忙を理由に森監督の取材依頼を断っているが、実際は
「佐村河内が関わった障害児やその家族に謝罪していないこと」がその理由とも言われている。

みっくん「だって家に遊びに行って一緒に『笑点』を見たときに、
     字幕より先に笑い出すんだもん。私たちと同じタイミングだったから」

子供にそんなことまで暴露された『ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌』は、
神山典士が一連のスクープ記事を書き終えた後にまとめたノンフィクションである。
この本の読後感は"作曲"や"聴力"とは別の、佐村河内の増長した横柄な態度への嫌気だ。
NHKスペシャルでもそのシーンが見られた、義手のヴァイオリン少女"みっくん"の家を訪ねたとき、
家族は「お帰りなさい」と迎えること、みっくんは荷物をおいてハグすることを取り決めに
していたことはあきれたぐらいだが、やがて、みっくんに対して、コンサートで、
「義手を外して出て行って、舞台の上でつけてから演奏しようか」という、
残酷で無茶な令を出していたという事実には、歯ぎしりするほどの怒りを覚えた。

ほか、『FAKE』に関しては聾唖者の方々の感想が面白く、
その世界においては「聞こえていないのに聞こえているフリをして生きている人」と、
「聞こえているのに聞こえていないフリをして生きている人」の両端がいるという。
嘘を付き障害者になって優遇されたい人、障害を隠して一般人と同様に扱われたい人。
これはまた、別のドキュメンタリー作品のテーマになりそうな問題でもある。

「絶対に"お笑い"にはしません」。
佐村河内にそう言っていたテレビプロデューサーのことは昔からよく知っている。
代わって行間を説明すると「もし、佐村河内さんが出演していただけるなら...」が
その前に付くのだが、いずれにしろ"ザ・テレビマン"を映す象徴的なワンシーンとなった。

では、"お笑い"とは一体何なのか。
今年に入って僕が一番ヒットした"お笑い"は、
アメリカから来たジャーナリストを前に「トルコ行進曲」をほっぺたを打って演奏し、
失敗したのを「少しアレンジしてしまいました」と言ってごまかす佐村河内だった。
アレンジって! ぜひDVDでは「ツッコミ・コメンタリーバージョン」の特典も希望したい。

新垣「彼のあの半生はホントに最高に面白いんです」
  「自分と会ってからがすっごくつまんないんですよ、ホントに」

『CDジャーナル』2015年3月号で、吉田豪のインタビューを受けた新垣隆は
佐村河内のことをそう評し、「吉田さんにぜひインタビューしてほしい」と懇願した。
確かに、『FAKE』では掘り起こされていない、ジャパン・アクション・クラブや
悪役商会に入ろうとした過去、"第2の矢沢永吉"のキャッチコピーで
ロッカーとしてデビューしようとしていたことについてのせきららな詳細を
吉田豪によってカミングアウトされれば、また新たな注目を集めるだろう。

「いつか佐村河内さんといっしょに謝罪したいです」

『FAKE』でも「やりすぎ」とネタにされていた、
『女性セブン』2014年12月4日号における、新垣隆のファッショングラビア挑戦。
ピンクのシャツの上に白いニットを合わせブルーのツイードジャケットをまとった新垣隆。
そのページの余白にさりげなく書かれたメッセージに筆者は大いに共感する。

会見で佐村河内とは「共犯」と言った新垣。
映画の中で「共同作業」と言った佐村河内。
僕は、佐村河内が自身が関わった障害児とその家族に仁義を果たした後に、
神山典士が自著『ゴーストライター論』のなかで提唱する、
WINWINの関係による「チームライティング」という形で"再結成"し、
2人がコンビとなって「全国謝罪コンサートツアー」を回ることを望んでいる。

演奏はもちろん、合間のトークコーナーもかなりの聴きどころである。
思い切って、18年間のすべてをネタにした漫才にもしたいぐらいだ。
エンターテインメントでの恥と失敗は、エンターテインメントで返すしかない。
2人で"嘘"を"本当"に。これから「FAKE」を「REAL」にしてしまえばいい。

「25歳。それは男のすべてが決まる年だ。悔いを残してはいけない。」

新垣はラジオでも紹介した"本当"のベートーヴェンが残した名言の証明を、
その頃に出会ってしまった男と、これから生涯をかけて実践していく必要がある。

『新垣隆の音楽室』はそのきっかけを十分に与えている。
番組では「新垣隆の青春音楽年鑑」というコーナーが設けられ、
クラシックというジャンルを飛び越え、新垣が青春時代に夢中になった音楽を
当時へのプレイバックトークとともに紹介している。

ジャンルを跨いで活躍する冨田勲の才能とセンスに憧れていたこと。
ピンク・レディーではミーちゃんよりケイちゃんが好きだったこと。
沢田研二に憧れ一時はそのファッションを真似ていた時期があること。
高校の音楽会で友達を騙して結成したバンドに「たかし軍団」と名付け出場したこと。
バンドブームは「たま」にハマり、曲は「さよなら人類」より「ロシヤのパン」が好きなこと...。

果たしてそんな話を、18年間付き合った佐村河内とは交わしていたのだろうか。
もし、していなかったとしたら、新垣隆と佐村河内守は
噂された男同士の愛の関係でないのはもちろん、"友達"でもなかったことになる。

まずは、お互いをもっと知るべきである。
新垣隆は佐村河内守の映画『FAKE』を見るべきだし、
佐村河内守は彼のラジオ『新垣隆の音楽室』を聴くべきである。
聴けないとしたら、スピーカーに手を当て言葉を感じ取ってもいいし、
お客へのケーキ選びが得意な奥さんに頼んで手話を介してもらってもいい。

ただ、声は限りなく小さく、逆に、かかる音楽は大きいので、
常にボリュームに手をかけながらのリスニングが必須とされる。
気を付けないと、フットボールアワーの後藤輝基のツッコミのとおり、
本当の意味で「高低差ありすぎて耳がキーンってなるわ!」である。

森達也著『それでもドキュメンタリーは嘘をつく』の解説で、
ビデオジャーナリストの綿井健陽は恐るべき事実を書いている。
大学の講義のあと、学生の1人からこんなことを言われたという。

「オウムって、僕は森達也さんの『A』『A2』の映画の中でしか知らないんですよ」

ドキュメンタリー"映画"の恐怖はこんなところにもある。
今後このような人種はさらに増えていくことだろう。
そして、歴史的名作と決定づけられた『FAKE』もまた、
永遠に残ってしまうがゆえに、同じ未来を辿ることになる。

だから僕は、あのテレビプロデューサーに会ったら
ガツンと強く言ってやろうと決めている。
「いいなぁ、森達也の映画に出られて」と。

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