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映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画惹句は、言葉のサラダ。】第20回 2016年、記憶と記録に残った映画惹句ベスト3。

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●映画も惹句も豊作だった2016年。さて日本映画は・・・。

 というわけで、2017年になりました。本年もよろしくお願いします。
 年頭に当たっては、昨年の回顧などやってみましょうか。この連載の場合、映画を惹句で語るというか評価しているわけですから、昨年最も記憶に残った映画惹句をあげてみましょう。

 やはり昨年は、この映画につきます。『シン・ゴジラ』。怪獣映画で育った世代としては、たまらんものがありました。2016年のマイ・ベストワン。3回ほど鑑賞しています。
 その「シン・ゴジラ」の真っ赤なチラシに掲げられた、最初の惹句がこれ。

 「ニッポン対ゴジラ」

 ・・・なんだろう? これ。ゴジラ映画の新作としては、ちょっと異質だな。パターンとしてゴジラと我が国の軍事組織(自衛隊だったり、防衛軍とか架空の組織だったり、作品ごとに変わるんだよ、これが)と対決するのはままあれど、「ニッポン」そのものがゴジラと戦うというのか? ということは、国民が戦うということなのか? とめどなくイメージを喚起させる1行でありました。


●この1行以外に、
     『シン・ゴジラ』という作品を表現する言葉はない。

 次に『シン・ゴジラ』のチラシをもらった時、惹句は新しいものになっていた・・というよりも、ティーザー段階のそれにカッコ付きで、より具体的なイメージが投げかけられていました。

 「現実〈ニッポン〉対虚構〈ゴジラ〉」

 おおお・・・大きく出たなあ、というのがまず最初の印象。虚構の存在であるゴジラを、現実のニッポンと対比させるのは、まさかゴジラとニッポンの対決が行われた結果、最後は「すべては夢でした」という夢オチ的な終わり方をするのかな? あの庵野総監督であれば、それもまたあり・・などと妄想を膨らませるには充分な惹句でした。

 映画惹句が何のために書かれ、どのような目的で使われているかといえば、それはもう観客(となるべき人たち)を映画館に誘い込むことが目的に他ならないのであって、広告やポスター、チラシに書かれた1行が、作品のイメージを膨らませます。時にそれは「妄想」というレベルにまで高まっていく。そうなれば(配給会社にとって)しめたもの。「シン・ゴジラ」の惹句は、ゴジラという、もはや日本人にはお馴染みのキャラクターが、今度の作品でどう扱われ、どのような変貌を見せるのか。そのことを必要最小限の語句で表現した秀逸な惹句と言えます。この惹句が「事前に情報を出し過ぎない」との宣伝方針とリンクし、抽象的なフレーズだけを与えて観客の妄想を高めていく作戦は、大成功。興行収入82億円の大ヒットには、かくいう筆者もびっくりでした。


●映画宣伝の基本に忠実な『君の名は。』の惹句。

 記録に残るヒット作と言えば、2016年の場合『君の名は。』にとどめを刺します。本稿執筆時点で累計興収219億3000万余円。公開後4ヶ月以上経過しても、その勢いは衰えず。それどころか正月興行では並み居る強豪を押しのけて、さらに観客を増やしたというから、まあ恐ろしい。その『君の名は。』の惹句は、この1行。

 「まだ会ったことのない君を、探している。」

 『シン・ゴジラ』とは打って変わって、こちらは作品内容を具体的にイメージさせる、いわば解説調のフレーズです。ただしこの場合も観客に余計な情報を与えることなく、必要最小限の情報をシンプルな言葉で作品の個性を言い表しているあたりが特徴です。

 興収200億円オーバーと、歴史に残る大ヒットとなったことにこの惹句も貢献したわけですが、それに比べてハリウッド・メジャー系の自称大作たちが、未だに「興行新記録樹立!! 全米大ヒット!!」「大ヒット・シリーズ最新作!!」なんて惹句を仰々しく並べているのは何なんだろう?と思ってしまいます。繰り返しますが映画惹句の役割とは、対象となる人たちに作品のイメージを浸透させ、鑑賞意欲を高めることです。その映画が本国でいかに大ヒットしたか、あるいはシリーズとしてどれだけの実績を持っているかは、作品内容には直接関係ありません。そんな言葉をいくら並べ立てても、作品のイメージは喚起されないし、そもそも映画宣伝の基本とは、作品の中に入っていないものは売ってはいけない。これが映画宣伝の基本です。

 2016年の日本映画から『君の名は。』を始め、多くのヒット作が出てきたのは、こうした"基本に忠実"な宣伝戦略が、数行の惹句にも反映されたことも、大きな要因と見るべきでしょう。


●『この世界の片隅に』の惹句に込められた思い。

 もう1本。これは公開こそ昨年ですが、まだ上映中。それどころか上映館は増えるばかりです。片渕須直監督の『この世界の片隅に』。このアニメ映画、作品のクォリティが高いことはもちろんですが、その作り方も注目を集めました。映画を製作するのに必要な資金を調達すべく、製作委員会を組成したい。その企業に出資を促すためのパイロット・フィルムをクラウド・ファンディングで集めたのです。
 その『この世界の片隅に』の惹句はというと・・。

 「昭和20年、広島、呉。
   わたしは ここで 生きている」

 作品の内容を短い語句で語った、いわゆる「解説型」の惹句と言えましょう。ただ、この映画の場合、チラシ裏に記されている、この惹句こそがこの映画が存在するまでのプロセスや評価、そのすべてを表しています。

 「日本中の想いが集結!
         100年先も伝えたい、珠玉のアニメーション」

 そう。この映画が多くの人たちの支援と資金をもとに作られたこと。その成果が素晴らしいものになったこと。すべてこの短いフレーズで語られている、素晴らしい惹句です。

 まさに「日本中の想いが集結!」。『この世界の片隅に』は昨年11月の公開以降、いくたの映画興行に於ける常識を破り、この1月7日からセカンドランに突入します。主人公すずさんを演じたのんも、声の出演であるにも関わらず、映画賞にノミネートされるなど、ここでも常識破りの展開を見せています。

 2016年という年は、映画界、特に日本映画にとって大きな意味を持つ年になるだろう。3本の「記憶と記録に残る」映画の惹句が、その旗印になってくれることを心から祈念する次第。
 さて2017年は・・・・。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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