連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画惹句は、言葉のサラダ。】第16回 幻の映画惹句と、それにまつわる悲喜こもごものドラマ。

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●脅迫状で公開が中止された『ブラック・サンデー』。

 公開が予定されながら、それが中止になった。こういう場合、映画そのものも見られなくなるが、その映画を宣伝するために作られたポスター、チラシ、広告の類いも闇に葬られてしまう。その代表的な例が、1977年7月30日から日比谷映画劇場他で公開予定だったジョン・フランケンハイマー監督の『ブラック・サンデー』だ。夏休み映画のアクション大作として、配給のCICは万全の体制で宣伝展開を行うべく準備を進めていたのだが、映画の中に登場するオイルダラーの描写が反社会的勢力を刺激する恐れがあり、そのことを匂わせる脅迫状が、あろうことかこの映画を上映する予定の映画館に届いた。これが配給会社であれば無視したり逆に宣伝に使ったりするのだが、興行の場である映画館に脅迫状が届いたということは、敵は明らかに多くの観客が集まる映画館を狙っている。事態を重く見た日比谷映画劇場の経営もと・東宝興行部はCICと善後策を検討し、結局この映画の公開を中止することを決めた。

 その『ブラック・サンデー』を公開すべきかどうか揉めている時に掲載された新聞広告に使われた宣伝用惹句がこれだ。

 「話題と興奮が巨大にふくれあがる。
  『これは史上最高の冒険映画だ!』(キネマ旬報7月上旬号)」

 ・・・「話題と興奮」の「話題」とは、「公開されるのかどうか」といったことを指すわけではない(笑)。とにかく映画の面白さとスケールの大きさを前面に出した広告で、それを客観的な視点で訴えるために、キネマ旬報の特集の一部を抜粋した。現在でも使われている手法だ。その『ブラック・サンデー』の、チラシに使われた惹句がこれ。

 「全米を強烈なサスペンスに捲きこんだ驚異のベストセラー
                  ついに映画化!!」

 ・・・なんとも陳腐な感じだ。これは予定通り公開されても、さほどのヒットにはならなかったかもなあ・・・。

 さて1977年の段階で劇場公開が見送られた『ブラック・サンデー』だが、当時東宝興行部に勤務していたある社員がその後東宝の専務となり、彼の発案で旧作名作を集めた「午前十時の映画祭」が2010年からスタートする。第一回、第二回と好調な動員に気をよくした彼は、永年の思いを実行に移した。「さいとーちゃん、オレ、やるで!!」との一言を僕に告げて。幻に終わっていた『ブラック・サンデー』を、「第三回午前十時の映画祭」で上映しようというのだ。この企みは着々と進み、もう1本この首謀者の思い入れが深い、されど日本公開では大コケしたピーター・イェーツ監督の傑作青春映画『ヤング・ゼネレーション』も同じ「第三回午前十時の映画祭」で上映されることが決定。『ブラック・サンデー』の、ただ1回だけのマスコミ試写会は、本来この映画が上映されるはずだった日比谷映画劇場が既に閉館していたため、その隣にあった有楽座の名を襲名するTOHOシネマズ有楽座で行われるという、凝りようだった。結果的に「午前十時の映画祭」での「ブラック・サンデー」上映は、多くの観客に拍手を持って迎えられ、さすがに今度は脅迫状の類いが映画館に舞い込むことはなかったようだ。

 映画祭を統括する地位にある者の公私混同と言えばそれまでだが、これだけ多くの映画ファンの支持を受けた公私混同もまた珍しい。


●配給会社が変更になった例・・『L.A.コンフィデンシャル』

 劇場公開が決定し、前売り券まで売り出されていたにも関わらず、製作もとの意向で公開が中止されただけでなく、配給会社まで変更になった例がある。1997年11月にメジャー系配給会社ワーナー・ブラザース映画の手で公開が決定した『L.A.コンフィデンシャル』がそれだ。この映画の場合、作品の評価こそ高かったものの、アメリカではさほどのヒットにならなかった。ワーナーとしては大手製作会社リージェンシー・エンタープライゼスの作品で、自社製作作品でないことからこの映画を軽視したのか、11月下旬より日本公開の手はずを整えてしまった。11月下旬と言えば、12月から公開される正月映画までの、いわばツナギの時期で、仮に『L.A.コンフィデンシャル』の評判が高まり、客足が伸びたとしても、正月映画を上映するために短期間で打ち切らざるを得ない。当時はまだシネコンが現在ほど大都市にない時代で、時にこうした不遇な目に遭う作品が出現していた。

 この時ワーナー・ジャパンが『L.A.コンフィデンシャル』のチラシに用いていた宣伝惹句がこれだ。

 「 『セブン』『ユージュアル・サスペクツ』に続く
          クライム・サスペンスの最高傑作。」

 ・・・配給会社のやる気のなさが漂ってくるような惹句だ。こうした作品の扱いに対してリージェンシー側は日本の配給権をワーナーからインディペンデント系配給会社の日本ヘラルド映画に移し、改めてマーケティングをし直すようオファーした。ヘラルドはこの作品を98年7月18日から、東宝洋画系のみゆき座を中心に夏休み映画として公開することを決め、ポスター、チラシなどの宣伝材料を新たに制作する。ヘラルドが作った『L.A.コンフィデンシャル』のチラシには、以下のような惹句が使われている。

 「一人の女、ひとつの真実
     --男たち、野獣の輝き」

 ワーナーが作った脱力ものの惹句から一転。「男たち、野獣の輝き」と、作品のツボを押さえたムーディーなフレーズが女性層の注目を集めたのか、配給収入(興行収入のうちの、配給会社の取り分)10億円を上げるヒットとなり、メイン館のみゆき座では13週間のロングラン興行を達成したのであった。

 映画が成功するか否かの宿命は、その作品に携わる人たちの情熱ややる気によって、大きく分かれるのである。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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