連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画惹句は、言葉のサラダ】第7回 『男はつらいよ』シリーズの惹句を読んでいると、寅さんの威勢の良い啖呵が聞こえてくる・・・。

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●お盆と正月は寅さん。それが昭和のお約束だった。

 師走の声を聞くと、今でもあの男のことを思い出す。
 四角い顔で、いつも笑顔。古ぼけた大きなトランクを手にしては、寺の境内とかで店開きし、ちょっと怪しげな商品を威勢の良い啖呵でたたき売りする、あのテキヤの男だ。毎年お盆と正月には、故郷である葛飾柴又に帰ってきたんだが、いつの間にか正月だけの帰郷になり、それもこの20年は音沙汰がない。あの男のことだから、今頃日本のどこかをまたぶらぶらと歩いているのだろうと思うけど、どーも映画館の軒先にあの四角い顔を大きく描いた看板やポスターが貼ってないと、調子が狂っていけねえや。そのポスターには、あたかもあの男=寅さんが口走りそうな、威勢の良い啖呵が再現されていた。

「私、生まれも育ちも葛飾柴又です
帝釈天で産湯浸かりました 根っからの江戸っ子
姓名の儀は車寅次郎
人呼んでフーテンの寅と発します」
(第1作『男はつらいよ』)


●主観惹句の王道。映画の台詞を散りばめた名惹句

 この連載では何回か話をしているけれど、映画の宣伝に使われる惹句というものは大きく分けて「主観」と「客観」、2つの視点で作られ、使われる。「主観」の場合は劇中のキャラクターの視点が活かされ、時には映画の中で発したセリフが使われたりもする。一方「客観」とは、作品そのものを俯瞰の位置から見ることで作品の特徴や個性を打ち出し、他作品との差別化を図るために使われることが多い。洋画で言えば、一時期やたらに多かった「全米大ヒット!!」という、あれが典型的な客観視点の惹句だ。

 『男はつらいよ』シリーズの惹句を見ると、その大半が「主観」に基づいたものであり、それも寅さんが劇中で発する、または発しそうなセリフを惹句に使っているあたりが面白い。

「さぁて、お立ち合い! 春だねぇ、お立ち合い!
この寅さんに結婚が舞い込んだ!
帝釈天の御利益とガマの油の効き目だねぇ!
お立ち合い!」
(第3作『男はつらいよ・フーテンの寅』)

「ほら、逢っているときは何とも思わねえけど
別れた後で妙に思い出すひとがいますね
・・そういう女でしたよ
あれは」
(第11作『男はつらいよ・寅次郎忘れな草』)

 客観的な視点で作られた、例えば「男はつらいよシリーズ、最新作!!」といった惹句が使われなかったのは、作品の雰囲気に合わないこともあるけれど、それ以前に必要なかったからだろう。長いシリーズ作品故、存在そのものが他作品との差別化につながる。「毎度お馴染み寅さんが、今年もやってまいりました」というだけで、通用してしまう。それだけお盆やお正月に寅さんの映画を見ることは、広く大衆に認識されていたわけだ。


●満男の存在感が増すにつれ、寅さん映画の惹句も変わっていく。

 ヒット・シリーズとして松竹の屋台骨を支えた『男はつらいよ』シリーズだったが、80年代半ば以降、その勢いが衰えてくる。これはもう、シリーズの宿命だ。長いシリーズであるほど、マンネリは免れない。加えて寅さんを演じる渥美清の体調が必ずしも良好ではないときた。そこで松竹は、『男はつらいよ』シリーズの新作を、従来の年2回から正月だけの年1回だけに減らし、さらには同時上映作品の強化を試みる。幸いにして89年正月から『釣りバカ日誌』という格好のパートナーが登場したことで、この好カップリングは再び多くの観客を集めることになる。さらにマンネリ打破のために仕掛けた、新しい試みが軌道に乗る。従来の「寅さんがマドンナに恋をして、すったもんだのあげくフラれてしまい、再び寅さんは旅に出る」あたりを、寅さんの甥・満男が恋をし、それを寅さんが豊富な恋愛経験でサポートする。もちろんマドンナも健在でその美しさで寅さんを翻弄する。とまあ、こんな調子に変更され、その第1作『男はつらいよ・ぼくの伯父さん』が公開されたのは、平成最初の年である1987年の12月のことだった。

「さくら、お前の息子が恋してるってよ。
さすが俺の身内よ!」
(第42作『男はつらいよ・ぼくの伯父さん』)

 これが受けたことから、第42作から第45作までの4作品は、満男がストーリーの中心になり、彼の恋する泉ちゃん(後藤久美子)が毎回登場し、寅さんは満男の指南役となるパターンが確立する。その変化は宣伝用惹句にも反映され、これまで寅さんの主観だったものが、この4作品では一転して「客観」の視点で作られた惹句が使われることになる。

「若い二人のかけおちに
おじさん いよいよ登場!」
(第43作『男はつらいよ・寅次郎の休日』)

「恋の悩みなら
おじさんのキャリアがモノをいう。」
(第44作『男はつらいよ・寅次郎の告白』)

「愛しているなら態度で示せ!」
(第45作『男はつらいよ・寅次郎の青春』)

 かくして『男はつらいよ』シリーズは、1996年正月の『寅次郎紅の花』まで全48作で、渥美清の死去により終了することとなるが、特に人気の高い第25作『寅次郎ハイビスカスの花』をベースに、追加シーンの撮影やCG等を導入した「特別篇」が1997年11月に製作・公開された。


●寅さんが旅に出る理由

 つくづく思うことだが、寅さんはなぜあんなにたくさんの恋をし、そして旅に出たのだろうか。今さらながら思う。そしてそんな疑念への回答も、『男はつらいよ』シリーズのポスターに書かれた惹句にあった。

「ほら、見なよ
あの雲が誘うのよ
ただ、それだけのことよ」
(第9作『男はつらいよ・柴又慕情』)

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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