連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画を待つ間に読んだ、映画の本】第21回 『SCREEN特編版/21世紀の外国映画チラシ大全集part7』〜映画チラシは、我が国が世界に誇るカルチャーのひとつである!!

チラシ大全集part7 (SCREEN特編版)
『チラシ大全集part7 (SCREEN特編版)』
近代映画社
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●巷にチラシ少年たちが跋扈した時代・・。

 シネコンに行ってうれしいのは、次回上映作品のチラシがズラっと並んでいるところだ。世に言うチラシ・ブームを体験した世代としては、映画チラシとは宣伝材料であると同時にコレクターズ・アイテムであったりする。

 かれこれ40年近く前。時代で言えば1970年代の半ばあたりか。突如降って湧いたように、映画チラシのコレクションがブームになった。この仕掛け人は『少年マガジン』で、吉野賢壱さんという方が集めた、昔の映画のチラシをカラーページで扱ったところ、それが受けたらしくて、マガジンの愛読者である少年層が反応。B5サイズの書類が入る、箱みたいなケースを抱えた映画チラシ・コレクター=通称チラシ小僧たちが街に姿を現した。ヤツらときたら映画館の入り口で「チラシ、もらえますか?」と、映画も見ないでスタッフに聞き、了解を得るやロビイの隅に置かれたチラシをガバっとガメていく。最初は映画の宣伝になると思っていた映画館側も、実は単に集めているだけだと気づき、次第に彼らに対して冷たい態度をとるようになっていく。同じ頃、東京では配給会社に直接チラシをもらいに行くチラシ小僧たちもいて、一部の配給会社では住所氏名を記載の上で、1枚だけチラシを渡していたとか。そんなことを配給会社がやったのは、コレクション熱が高まりすぎて、本来は無料のはずのチラシが売買の対象になってしまったことが理由だ。チラシ・ブームはこうして加熱していくが、ブームそのものは短かったような気がする。その短かったブームが終わっても、まだチラシ収集を行っていたのは、当たり前の話だが映画館で映画を見るのが大好きな少年少女たちだった。あの嵐のようなチラシ・ブームが何を果たしたかといえば、まだ縁遠かった映画というメディアに対して、親近感を感じるようになった。映画との距離が縮まったと言えるだろう。チラシ収集がきっかけで映画に興味を持ち、映画館に通うようになった人も少なくないと思う。


●映画チラシを採録した、ただそれだけの「大全集」。

 前置きが長くなったが映画チラシというアイテムは、特定の世代、特定の趣味の人にとって特別な意味を持っているのだ。そんな「大人になったチラシ小僧」たちが、映画雑誌『スクリーン』で有名な近代映画社が発行している『21世紀の外国映画チラシ大全集』を手にすれば、たちまちあの頃の気持ちが甦ってくること請け合いだ。

 映画チラシの多くはB5判で表面カラー、裏面モノクロといった体裁だ。この限られたスペースの中で新作映画の魅力を表現し、それを手にした人が、「今度この映画を、映画館に見に行こう」という気持ちになることを求められる、極めて限定的で特殊な宣伝材料なのである。聞けばチラシという宣伝材料があるのは、世界広しと言えども日本だけだと言う(映画館単位で発行しているものはあれど、配給会社が作っているという意味においてだろう)。この『21世紀の外国映画チラシ大全集』を一望すれば、そんな映画チラシの魅力をたっぷりと感じてもらえるだろう。デザインの面白さ、工夫されたタイトル・ロゴ、力の入った惹句。どのチラシを取っても、限られた紙面にオリジナリティ、クリエイティビティが溢れていて、それが観客に向けられていることに、また歓びを感じてしまう。映画チラシは日本が、世界に誇るべき映画宣伝の手法のひとつであり、そしてカルチャーだと断言しても良いほどだ。

 そしてこの大全集。今回発行されたのは2007年から2014年までの公開作品を扱ったpart7だが、そのpart1が発行されたのは平成7年のことで、1945年から69年までの公開作品に加えて、戦前に公開された『駅馬車』などのチラシも採録している。以来part7まで、ただひたすらチラシの表面を採録するという、シンプルな編集方針は健在で、毎年の終わりに「映画界を取り巻く動き」と主なヒット作、世相ダイジェストが掲載されているだけで、コラムもなければ個々のチラシの解説もない。「大全集」の名にふさわしい、徹底してチラシだけにこだわった、その揺るがない姿勢には拍手を送りたい。


●おっ? 極上爆音チラシ発見。

 7年分のチラシを見ながら感じたのは、公開作品数の多さもさることながら、「デジタルリマスター版」と称する形でリバイバルされる作品がこんなに増えたのか、ということだ。いずれも小規模公開ながら、初めて目にするモノも珍しくない。

 2014年のページを見ていたら、おっ!? ちょっと変わったチラシを発見してしまった。昨年夏に公開された『GODZILLA/ゴジラ』のチラシが2種類掲載されているのだが、その1種類は「極上爆音上映」と銘打たれたモノで、これは最近『マッドマックス/怒りのデス・ロード』をパワフルな音響設備で上映し、多くの観客を集めた立川シネマシティが独自に制作・発行したチラシである。この「極上爆音上映」の最初が『GODZILLA/ゴジラ』であり、採録されたこのチラシは、立川に行かなければ手に入れることが出来なかったはずだ。そんなレアもののチラシをあえて「大全集」に掲載してくれた編集者に対して、親しみが湧いてきた。あなたも昨年の、あの上映を楽しんだのですね。

 市内の映画館を回ってチラシをもらい歩いたチラシ小僧は今でもチラシを集めており、それを年ごとにファイリングしている。現在では映画雑文書きを生業としている彼の書棚には、1980年から現在に至るまでのチラシ・ファイルがずらりと並ぶ。彼の自慢のコレクションであり、また原稿執筆の上で欠かせない重要な資料なのだそうだ。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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